夏の終わり

いつの頃からか、季節の変わり目を楽しむことができるようになりました。

若いころは暑くてしょうがなかった残暑でしたが、

セミの鳴き声が変わったり、飛んでいるトンボの種類が変わったり、咲く花が変わったり。

年齢を重ねるとともに夏の終わりの楽しみが沢山あることに気が付きやすくなりました。

 

年を取るたびに見える景色が変わっているのです。

それは余裕を持てるようになったからかしら。

 

お年寄りが草木や花々を愛でることに喜びを感じていることに共感が持てるようになりました。

これはおばさんになった証でしょうか( ´艸`)

 

朝焼け、夕焼けを見て美しいと感じ、自然の植物を見て愛おしいと感じる。

空を見上げて空の青さに感動する。

こんな贅沢はないかもしれません。

 

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満たされていないという感情

SNSを見るのが億劫な時がある。

見ると羨ましくなったり焦ったりと心が少しざわっとするから。

自分が満たされていないからそんな感情が出てくるのだろうか。

 

何が満たされていないのかわかっていないことが問題。

自分の事が分かっていないという事。

 

何がしたいんだ。

自分のやるべきことって何だろ。

 

あまりに遠くを見すぎているからこういう感情がわいてくる。

まず目の前のことをこなすことが大事なんだ。

 

まどわされないようにしないとな。

花火を観ながらちと考えてみました。

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子供を感情にまかせて叱る

今はだいぶ感情のコントロールができるようになりましたが、感情にまかせて子どもを叱る事がありました。

怒りが止まらず叩く事もありました。

ここまでいくと叱るというよりも脅し、もしくは八つ当たりです。

後になって考えるとそのような状態になる前に大抵何かしらマイナスな感情を持っていた事が思い当たります。

思いとおりにならなかった事、我慢した事や、悔しかった事など、、、

 

子どもが思い通りにならないので自分が否定された気持ちになり、怒りとして出てくるのでしょう。そもそも子どもをコントロールすること自体が不可能に近いのです。

それを踏まえて理性を持って子育てができると良いな、と思いますが、未熟者な私にはちょっと厳しい。

 

自分の理想が相手の理想と同じとは限らない。

自分の子どもだけど、一個人。

立派に人格のある人間なのです。

 

やらない事、できない事を決めて子どもと接することが必要なのかな、と思います。

日々の生活や勉強はある程度子どもの判断に任せていますが、任せる=好き勝手にやる、ではありません。

しかし、管理するという事ではなく、うまく誘導してあげる。

最低限の助言と見守りに留める事が私の目下の目標です。

 

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義実家にて

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お盆で帰省。

義実家でお嫁さんという業務でしっかりと働いています。

 

義実家は3年前に義母が亡くなり、義父と義弟2人暮らし。

義母が生きている時も体の弱い義母に変わって食事の支度は私のお仕事でした。現在はそれに加えて惣菜の作り置きがメインの仕事。

狭い、使い慣れないキッチンで手際よく作業をこなしている自分はスーパー家政婦になれるのでは!と錯覚してしまいます。

 

年金暮らしだから、と子供にお小遣いすら渡せないという義父。もちろん滞在中の食費はこちら持ち。年に数回の親孝行と思って仕事をこなします。

昔のギャンブルや女関係の借金がかさみ、お金のやりくりが難しくなっているのを見て見ぬふりをするのも仕事です。

 

ストレスフリーに生きる義父に振り回され、何度となく尻拭いをしてきた義母は病気がちでした。

我慢が美徳な昭和初期の生まれが災いし、相当ストレスを溜め込んでいたのでしょう。

 

神棚の義母の写真を見る度、ストレス無く義父と付き合っていかねば、と思う帰省の旅であります。

 

 

 

 

 

 

我慢する事

お年寄りの方は我慢強い。

戦争の時代を生きてきた逞しさがある。

多少の事では弱さを見せない方がほとんどです。

そんな姿を見たり聞いたりすると、ホンマすごいなぁと尊敬の念がわいてきます。

 

ゆとり世代は我慢する事が苦手と言われています。おじいちゃんおばあちゃんと接する機会がないゆとり世代っ子達は我慢する意味がわからないんだそう。

それがいいとか悪いとかではないですが、羨ましいなぁ。我慢しないという事はストレスが少ないから。

 

子育てしていると我慢するということはある程度必要な事じゃないかと感じます。

私が昭和生まれ世代だからかしら。

がんばり過ぎない程度の我慢がちょうどいい。

ヨガのポーズでも同じです。

がんばり過ぎないところでキープする。

だんだんとがんばらないでもいけるようになる。

ヨガのように考えていくと、我慢が我慢でなくなる日がくるかもしれない。

我慢というコトバを否定的に捉えるのはもうやめよう。

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ターシャチューダーは素敵

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私はターシャの絵や庭が好きなのですが、それにも増して、生き方に憧れがあります。

 

92歳で亡くなるまで一人暮らし。そしてほぼ自給自足の生活を続けていたそう。

 

年齢とともに体が変化するのは当たり前、と変化していく自分をありのまま受け入れていく彼女はアンチエイジングだ、若返りだ、という意識は皆無な気がします。

 

雑誌から抜粋したターシャの言葉、

「歳を取っても出来ることは沢山あります。新しい事も発見できるはず。できなくなった事を嘆くより、今の自分に出来ることを楽しんではどうかしら?」

「若く見せたい、いつまでも若くいたいという願いは、わからなくもないけれど、時計の針を戻すことはできないのだから、惨めになるだけ。それより、『そんなものよ』と笑って受け入れて、堂々としてればいいのよ」

素敵に歳を重ねているとこんな心境になるのだろうか。

 

ターシャはいつも「いま」を生きていたんだと思う。

過去や未来に左右されず、いまを楽しむ生活、

憧れるなぁーー

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BMWオーナーなんです

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3年ほど前からBMWオーナーです。

以前の仕事(共同経営のヨガスタジオオーナー)をしている時に勢いで購入し、スタジオをやめてからも、そのまま維持しています。

 

BMWに乗る度に

『自分はこの車に相応しいのか?』

と自答します。

相応しい人間であるために立ち振る舞いを気にします。姿勢を正して運転します。

それだけでいい訳ではありませんが^^;

まずは見た目から笑

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ディーゼルなのでエンジンはなかなかいい音です。ガルガルいってます笑笑

 

いつもは夫が通勤に乗って行くため、私が運転するのは週末です。

週末になり、車に乗りこみシートにカラダを預けてエンジンをかけるたび、これからも維持できるように頑張ろう、と思うのです。